―
ゲクラン!ゲ〜クラン!。とぼくを呼ぶ声かします。 ― どこ、どこ、だあぁれ。ぼくは回りながらクリクリ振り返りました。 ―
ここ、ここ、ほら足が危ないじゃないか。 ― ああ、カニさん。小さなカニさんが足の間で左右に行ったり来たりしてました。 ―
呼んでた、のになかなか、と三角に動いて、気づかなかったな。と前に来て言いました。 ―
こんばんは、かにさん。もっとずっと大きいかと思った。ぼくは前足と首をずーっと前に伸ばしてカニさんをよーぅく見ました。 ―
ヘラクレスも小さくて、地面にへばりついてるから見えなかった。と言いおった。 ―
じゃなくってぼく、お空ばかり見てたから。きょかにせいって言うし。 ―
大きくもなれるぞ。おまえのお父さんが ― ゲクランは怖がりですから・・・。って言うから。 ―
うぅ〜ん、でも小さい人とだったら走れるよ。はやいよ。モーリス兄ちゃんよりは遅いけど。モーリス兄ちゃんはまだよちよちの時、走り方を教えてくれたんだよ。 ―
やめた方がいい。勝負にならん。と、おめめを立てて、左右に振りながら言いました。 ―
どうして、どおしてしょうぶにならないの。 ― わしは、横にしか走らん。おめめがまた横にピッピット動きます。 ―
じゃあ、ぼくが横を向いて走ればいいじゃない。足がいっぱいあるから早そうだね。とぼくは言いました。 ―
横は見えん。目は前についとる。それに、これは全部手じぁ。 ―
そんなことより、足のつめを切ってやる。お父さんがなかなか切らせてくれない、と言っとったぞ。それにモーリスも最近なかなか練習せんと言っとたぞ。 ―
えェッと、ぼくたちのおめめは、前が良く見えるように真ん中によってるんだよ。でもよくこける。 カニさんは、―
ほいっ!。っと言って、ぼくよりおおきくなると、両方のハサミをキョキンキョキンと鳴らしました。そして手にした楽器をキキキーと鳴らしました。 ―
ほら、うだうだ言うととらんではよう足を出さんかい、耳の裏のむだ毛も伸びとるようじゃ。怖くはないぞ、わしの奏でる調べをお聞き。と言うとすごい勢いでぼくの周りを回り始めました。 ―
うあぁ、魔法みたい。なんていう楽器?。― バイオリンじゃ。 ―
なんていう曲?。― パガニーニじゃ、人は『悪魔の微笑み』とか言うとる。 ―
楽しいね、これ!。ぼくはリズムに合わせてステップをふみました。 ―
愉しいか、そうじゃろ、そうじゃろ。グルグル回りながら、カニさんの手はすごいスピード弦を移動し、弓を振り回し、ときどきビシュ・ビシューとハサミがでてきます。 ぼくはたまらなく楽しくなって、ピョンピョン駆け回りました。 ―
ほれ、済んだぞ。どうじゃ、わしは天才じゃろうが。― あれぇ、カニさんどこ?、また小っちゃくなつたの。 ―
ここじゃ、上じゃ。 上を見るとお空の大きなカニさんが、ハサミを振っていました。 ―
ふぁ〜、カニさぁ〜ん。 ― ほら。 とカニさんのいう方を見ると、ぼくの毛が太陽風に乗ってふわふわ飛んでいました。そしてバイオリンの旋律に乗ってきらきら光りながら、夜空をゆっくり回りながら流れていきました。
第五夜へ Top |