お父さんが忙しい夜は、散歩から帰るとご飯を食べて体を熱いお湯で拭いてもらって、早めにお母さんと二人で2時ごろお家に帰ります。 お家には隣なのですぐ着いてしまいます。 玄関で足を拭いてもらいます。 すっごく狭いのでつい通り過ぎちゃうので、いつも叱られます。 おばあちゃんがときどき起きているので、おばあちゃんの食べ残しのパンやお茶を我慢できなくなってつい舐めてしまうので、また叱られます。 それからすっごく狭くて急な階段を上って寝る所へ行きます。 お父さんがいないと、男はぼくしかいないので、しっかりしないといけないので、緊張します。 で、お父さんのお布団に入ります。 ―
ゲクラン、寝るとこ違う!、まったく!ほら、どきなさい。とお母さんに叱られても、眠いふりをしてどきません。 ―
そんなにお父さんの匂いが好きなの。と言いながらお母さんも、一緒にお父さんのお布団で寝ます。 あとでお父さんが帰ってくると―
しょうがないなぁ。と言いながらお母さんのお布団で、枕を自分のと取り替えて寝ます。 お父さんの枕の端をカジカジしてるうちに寝てしまいました。 きれいな旋律が風に乗って流れてきます。 川のほとりでひれのついた足のヤギさんが笛を吹いています。 ―
こんにちは、ヤギさん。 ― こんにちは、ゲクラン。独りできたの?。 ―
うん。お父さんはお仕事、お母さんは寝てる。その曲知ってるよ。お父さんがCD持ってる。 ―
お父さん、音楽好きなんだ。― 大好きだよ。よく聞いてるよ。 ―
どんなのが好きなのかなぁ。― なんでも、オーボエも大好きだよ。オーボエは五月のそよ風のようだって。 ―
じゃぁ、いまも仕事しながら聞いてるかなぁ〜。 ― 聞いてるかも、でもとても忙しくて大変になると、つい『ヤギさんのお手紙の歌』をくちぐさむんだって。 ―
あれぇ、白ヤギさんがお手紙書いた、赤ヤギさんが食べて、さっきのお便りなぁに?、ってやつ?。 ―
そう、赤ヤギさんじゃないけど。それでこの歌いつ終わるの。 ―
知らない、お父さんの仕事が終われば、終わるんじぁないのぉ。 ―
それがね、もっと大変になると『この道はいつか来たみちぃ〜い、ああそううだよ〜ぉ。』ってなるんだって。 ―
ゲクランのお父さんも大変だね。― うぅん、早く帰ってこないかなぁ〜。 ―
じゃ、お父さんにも聞かせてあげよう。と言うと、美しい調べが川面に流れて行きます。それからその澄んだ音色は空に広がって葦を揺らしていきました。ぼくはうっとりして川面で夕暮れの柔らかい光が流れて行くのをいていました。 ―
終わったよ。お父さんにも届いたと思うよ。もうすぐ帰ってくるよ。 ―
ほんとう?。― ほんとうさぁ。と微笑みました。 ― もっと聞かせてあげたいけど、これから暗くなる前に葦を刈って、リードを作る準備をしなきゃならないんだ。今夜は満月だからね、葦を削ってリードを作るんだよ。 ―
なんで満月の夜なの、明るい昼間じゃいけないの ― 昼の陽の光は強すぎて、柔らかいやさしい音色に仕上げるのに向かないんだよ。だから沈む前の陽の光の中で葦を刈るんだ。満月の夜にはやさしい月の光を、いっぱい閉じ込めることができるんだよ。今夜は一晩中月があるからいいリードが沢山できるよ。こんな夜はそうそうないからね。 ―
こんやはヤギさんも大変なんだ。― そうだね、でも楽しみだよ。 ―
いいリードが沢山できるといいね。 ― できるよ、きっと。ほら、お父さんだ。 第十一夜へ Top |