« 2007年07月 | メイン | 2007年09月 »

2007年08月 アーカイブ

2007年08月10日

第23回 ――で、犬のはなし ―犬になれないのが 悲しい

むかしよく詩をよんだ
“ 未来に老いる“というフレーズが好きだった
学生時代必要にかられてフランソワ・ヴィヨンからマラルメまで読んだが 
ぼくは その後のとりわけフランシス・ポンジュや イブ・ボヌフォアの 詩には
強く魅せられて ヴァレリーやボードレールにはないなんと言えば良いのか
あこがれのようなものを感じた
象徴派の詩と言えば埴谷雄高の随想集に鋭い指摘があって 西脇順三郎を読み返して
ポンジュやボヌフォアに傾倒した

ポンジュの―物の味方―を捩って イジドール・デュカスのロートレアモン伯
よろしくG・ T ・ディ・ランペドーサ=ポンジュのペンネームで
ピース・ユニックのまゆりの絵に詩をつけた
ランペドーサは公爵だったので ロートレアモンより偉い

ついでに ルキノ・ヴィスコンティーの映画は岩波ホールでまゆりと見たが
小説―山猫―は読んでいない
ちなみに ヴィスコンティー家も公爵家でミラノにお城が残っている
―熊座の淡き輝き―のクラウディア・カルディナーレは
ヴィスコンティー作品の中で最も美しいが
その伝統の中に自らを埋めことでしか 新しい時代にその形式を残しえないと
淡々と生きる統一前の老貴族を描いた―山猫―と現代を描いた―家族の肖像―
を比べてほしい
ドミニク・サンダもクラウディアに匹敵するほど美しい 余写らないが
パラダイムが転換する時や死を前にした老いの美しさとは 
このようにありたいと思う

ボヌフォアは院に進んで大学に残った友人と語った
未だ存命で絵画論を時々発表している
―今、ここに―という現前性にことば以上のものを感じてきた
ポンジュの―物の味方―は世界を構築し ボヌフォアの―今、ここに―は
決心と諦めのうちに勇気を呼び起こす
カフカの―世界と君の戦いでは、世界に支援せよ―をようやく理解する と

ボヌフォアの言う―今、ここに―にまさしくさらに強く ぼくの犬たちとの生活がある
彼らは 今を生きて 未来に老いることもなく 淡々とその生を受け入れる
今を喜び また悲しむ うらやましいと思う
できることなら そのようにそのまま触れることができたらと思う
ヨーロッパの街角で出会うホームレスの犬たちの なんと満ち足りて 物静かなことか

2007/8/10

小島祐二

2007年08月25日

第24回 父の傍らで寝る

マグリット・デュラスは 70 歳を過ぎて 
― 18 歳の頃わたしは既に老いていた、、、、、、―
という書き出しから始まる小説を脱稿しているが 
人はいつから老いを感じるのだろうか
体力だけでいうなら スポーツクラブのプールの中央レーンを独占して
インターバルを繰り返し 戻しそうになりながらマスターズの記録会に備えたが
どうしても中学の記録には遥かに及ばなかった
また 固有名詞が思い通りに出てこないとか 
子供たちの名がコンフィューズしてしまうとか
ぼくはイプーといいたいのだけれど キーツとヴィヨンと口にしなければならない時があるが
そのようなものは いくらでも理由が付けられる
が かつて感じた小学生の頃の通学路を歩いた その道幅や側溝の狭さへの驚きと
成長への自負は いつしか 父の背中や母の胸の小ささの気遣いに取って代わっている
老いもまた空間として認知するものだという事か
思春期を過ぎて感じていたその自負も その時は既に胸腺は萎縮し始めていたというのに
この空間としての老いは絶対的空間として 諦めを強いる
しかし これくらいのものはまだいい
大丈夫だと思う
この老いもまた成長していくらしい

父がそうしていたように 出来るだけではあるが
3年ほど前から月に一度は両親に会うようにしている

最近母が日常の体調を保てなくなる期間が 短くなってきて以前のように
退院を待って帰省し辛くなってきたので母の入院中に帰省が重なる事もあるようになってきた
そして 母のベットで父の横で寝た

2007/8/25

小島祐二

2007年08月28日

第25回 ――引き続き 老いについて

杖を振り回しながら 声高に若い信奉者を引き連れて安宿に向かうベルレーヌと
口ひげの両端を鳴戸巻きのようにして 殆ど―さかしま―の住人であった
バルベー・ドルーヴィイとのサンミッセル大通りでの 毎日繰り返されるすれ違いを
リュクサンブールのアパートの窓から見ていたというアンリ・ポワンカレの投げかける視線に
老いの共感を感じてしまうは 穿った思い込みだろうか
数学者の晩年は長い
一線から身を引いた所で とうに代表作を出してまってなおもまた存在を示そうとする
同世代の人に向けられる眼差しの愛着は透き通ったものだと思う
バルベー・ドルーヴィイはフランス人でも知らない人も多く 国書刊行会でしか出版されておらず
殆ど馴染み薄い作家である
ドルーヴィイの二人の弟子 ジョリ・カルル・ユイスマンスとポール・クローデルの
それぞれの世界との折り合いのつけ方を思うと複雑な思いがする

クローデルは早くに宗教と和解して 官僚として一応順調に大使まで勤め駐日大使として
文楽など日本の文化を理解するとともに 明治憲法下において軍事国家へ向かう危険性を
正確に予測している
ドルーヴィイとマラルメにも等しく距離をとれたのは 姉のカミーユの激しさとその破滅を
傍らで見ていて 魂の奔流に本質的に懐疑を抱いていたのではないだろうか

ユイスマンスはまさに格闘した人である ようやく―彼方―において和解し得た
ちょっとお腹が空いて アパートからサンジェルマン大通りを少し斜めに川岸に入った
深夜のオデオンのカフェの前でパリ大の学生たちに混じって パニーニが焼けるのを
待ちながら偶然ユイスマンスの家を見つけた  うれしかった
ポワンカレは世紀末の大数学者でホモロジーの概念は ぼくのデザインという行為
考全般において 基本的原理的なものだ

ベルレーヌの詩に波がひたひたと打ち寄せては劇場を満たすというようなフレーズが
あったような気がするが 老いとはそのようなものだろうか
もちろんベルレーヌは酩酊している


2007/8/28
小島祐二


About 2007年08月

2007年08月にブログ「GEODESIQUE 祐二の書斎」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2007年07月です。

次のアーカイブは2007年09月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.34